政治家は口だけ?憲法が定める権限の限界と本当の理由を解説

政治家は口だけ?憲法が定める権限の限界と本当の理由を解説

政治家は口だけだと感じてしまうことはありませんか。選挙のたびに聞こえのいいことを言っているけれど、結局は嘘つきで何も変わらないし信用できないと思ってしまう気持ちはよく分かります。

でも実は、彼らが約束を守らないように見える背景には、単なるやる気の問題や無能さだけではなく、日本国憲法という非常に強力なルールが存在しているのです。この仕組みを知ると、なぜ彼らが思い通りに動けないのかという謎が解けてきます。

この記事で分かること
  • 内閣総理大臣でも法律や予算を勝手に決めることはできない理由
  • 政治家が裁判所や地方自治体に命令できない仕組み
  • なぜ公約が守られないのかという疑問に対する法的背景
  • 独裁を防ぐためにあえて権限を弱めている憲法の意図
目次

政治家が口だけに見える憲法上の理由

政治家が口だけに見える憲法上の理由

ニュースを見ていると「総理大臣なんだから、もっとリーダーシップを発揮してバシッと決めてくれよ!」と思うこと、ありますよね。私自身、市役所にいた頃は「国がもっと早く決めてくれれば現場は楽なのに」なんて思ったこともありました。

しかし、実は日本のシステム上、内閣(行政権)には「独断で物事を決める権限」がほとんどないのです。ここでは、なぜ彼らが「口だけ」に見えてしまうのか、その手足を縛っている憲法上のルールについて解説します。

内閣には法律を作る権限が存在しない

まず驚かれるかもしれませんが、内閣総理大臣には「法律を作る権限」がありません。

憲法第41条で、国会こそが「唯一の立法機関」と決められているからです。もちろん、ニュースで「政府案」という言葉を聞く通り、法律の「案」を作ることはできます。しかし、それはあくまで「こんな法律どうですか?」という提案に過ぎません。

ここがポイント

内閣ができるのは「案の提出」まで。それを法律として成立させるかどうかは、国会議員の多数決(議決)にかかっています。

つまり、どれだけ総理が「この法律を作ります!」と力強く宣言しても、国会で否決されてしまえばそれまで。これが、政治家が威勢のいいことを言っても実現できない大きな理由の一つです。

予算の決定権は国会が独占している

予算の決定権は国会が独占している

お金の使い道、つまり「予算」についても同様です。「子育て支援に予算をつけます!」と宣言しても、内閣には予算を「作成して提出する権限」しかありません。

実際に国の金庫を開けてお金を使う許可(議決権)を持っているのは、内閣ではなく国会です。

マメ知識(アメリカとの違い

アメリカの大統領は議会と対立してもある程度の行政執行が可能ですが、日本の内閣は予算の議決権を握られているため、国会の信任(サポート)を失うと兵糧攻めに遭ったようにお金が使えなくなります。

「やります」と言ったのにお金がつかない、という状況は、この「財布の紐を他人に握られている」という構造から生まれているんですね。

口先だけの世辞に聞こえる権限のなさ

政治家の発言が、単なる人気取りや口先だけの世辞のように聞こえてしまうのは、彼らが発する「命令(政令)」の効力が、法律よりも弱いことにも原因があります。

内閣が出せる「政令」は、法律で「ここまでは決めていいよ」と任された範囲内でしか作れません。これを「法律の委任」と言います。

例えば、「明日から〇〇を禁止する!」と総理が閣議決定しても、その根拠となる法律がなければ、国民の権利を制限することはできませんし、罰則を作ることもできません。戦前の「緊急勅令」のように、議会を通さずに勝手にルールを作ることは、今の憲法では厳重に禁止されているのです。

条約を結ぶ際も国会の承認が必須

条約を結ぶ際も国会の承認が必須

外交の場面でも「口だけ」に見えるリスクが潜んでいます。内閣には条約を締結する権限がありますが、これには「国会の承認」という重い条件セットになっています。

海外に行って各国の首脳と握手をして「条約を結びました!」と笑顔で写真を撮っても、帰国後に日本の国会が「それは認めない」と言えば、その条約は国内での効力を持ちません。

注意点

「条約を結ぶ(サインする)」のと「効力を持たせる(批准・承認)」のは別のプロセスです。ここが一致しないと、国際的な約束すら反故にせざるを得ない事態になります。

憲法改正の発議権も内閣にはない

「憲法改正を目指す」というスローガンもよく耳にしますが、実は内閣総理大臣には憲法改正の「発議権」すらありません。

憲法を変える提案ができるのは国会議員だけであり、内閣が閣議決定で「憲法改正案」を国会に提出することは可能です。ただし、発議は国会で行われなければなりません。憲法は権力者を縛るためのものなので、発議を国会に限定する立憲主義の考えに基づいています。

政治家は口だけか?権限の限界を知る

政治家は口だけか?権限の限界を知る

ここまで見てきたように、内閣は国会に対して非常に弱い立場にあります。しかし、それだけではありません。「裁判所」や「地方自治体」といった他のプレイヤーに対しても、政治家(内閣)の権限は徹底的に制限されています。

ここからは、さらに深い「権限の壁」について見ていきましょう。

裁判官の人事に介入できない司法の壁

もし政治家が自分の言うことを聞かない人間をクビにできるとしたら、それは独裁ですよね。日本では、内閣がどれだけ腹を立てても、裁判官をクビにすることは絶対にできません。

裁判官の身分は憲法で強力に守られており、罷免(クビ)にできるのは以下のケースなどに限られます。

罷免の理由決定する機関内閣の権限
職務上の義務違反など弾劾裁判所(国会議員)なし
国民の不信任国民審査(投票)なし
心身の故障分限裁判所(裁判所)なし

このように、内閣総理大臣には司法に対する人事権(特に解職権)が一切ありません。「あの判決はおかしい!」と政治家が叫んだとしても、判決を覆すことも裁判官を辞めさせることもできないのです。

地方自治体に命令する権限の限界

私が地方公務員だった頃も実感していましたが、国(大臣)が地方自治体(市町村など)に対してできることは、実はそれほど多くありません。

昔の内務省時代とは違い、現在は国と地方は「対等な関係」とされています。大臣ができるのは、原則として「技術的助言(アドバイス)」までです。

ここが重要

明らかに法律違反をしている場合を除き、国は地方に対して「あれをやれ、これを中止しろ」と強制的に命令する権限を持っていません。

「全国一律でこれをやります!」と総理が言っても、現場の市町村長が「うちはやりません」と言えば、それを無理やり従わせることは非常にハードルが高いのです。

政治家の公約達成率が伸び悩む法的背景

政治家公約達成率が伸び悩む法的背景

よく週刊誌などで「政治家の公約達成率は〇〇%!」と批判されることがありますが、これまでの話を踏まえると、達成率が低くなる構造的な理由が見えてきます。

政治家が「やります」と掲げる公約の多くは、予算の裏付けが必要だったり、新しい法律が必要だったりします。しかし、これまで解説した通り、その決定権のほとんどは内閣ではなく「国会」や「地方」に分散しています。

つまり、マニフェスト(公約)とは、本人が「やりたいことリスト」ではあっても、「確実に実行できることリスト」にはなり得ないのです。これが、有権者から見て「また口だけだった」と失望される最大の要因でしょう。

緊急事態でも全権掌握は不可能である

「有事の際には強いリーダーシップを」という声もありますが、日本国憲法には戒厳令(軍が行政や司法を支配すること)の規定がありません。

たとえ大災害や緊急事態が発生しても、内閣が国会を無視して法律を作ったり、人権を制限したりする「全権掌握」は不可能です。衆議院が解散中であっても「参議院の緊急集会」を開く必要があり、そこで決めたことも、後の国会で承認されなければ効力を失います。

どんな緊急時であっても、独裁者が生まれないようにブレーキがかかっているのです。

政治家が口だけとの批判を超えるために

ここまで読んでいただくと、政治家(特に内閣総理大臣)がいかに「できないことだらけ」の存在であるかがお分かりいただけたかと思います。

しかし、これは「政治家が無能でも仕方ない」という意味ではありません。この「不自由さ」こそが、私たちが歴史から学んで作り上げた「権力の暴走を防ぐ安全装置(立憲主義)」そのものだからです。

「政治家は口だけだ」と批判するのは簡単です。ですが、彼らが法律も予算も勝手に決められないのは、裏を返せば、主権者である私たち国民(の代表である国会)が最終的な決定権を持っているということでもあります。

「何もできない」と嘆くのではなく、「勝手なことはさせない仕組みになっているんだ」と理解することで、政治ニュースの見え方も少し変わってくるのではないでしょうか。

免責事項

本記事は日本国憲法および関連法令の一般的な解釈に基づき執筆していますが、法解釈は専門家や学説により異なる場合があります。具体的な法的判断が必要な場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。

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